[2006,02,08]
『愛媛12・サポーターズクラブ』〜友近聡朗の100年構想〜

【出馬の決意】 本日は、多くの方にお集まり頂き、ありがとうございます。なにぶん初めてのことで勝手も分からず、緊張もしていますが、自分の言葉でお伝えをしたいと思っていますので、宜しくお願い致します。 まず、僕のような若輩のために二度までも愛媛に出向いてくださった小沢代表に、この場を借りて御礼の気持ちを伝えさせて下さい。ありがとうございます。 先日、小沢代表から「政権交代のための戦いに力を貸して欲しい」という言葉を頂き、政治はもっと身近なものでなくてはならないこと、生活と共にあるべきであること、そのために政権交代を果たさなくてはならないことなど、率直で熱い気持ちを話していただきました。 僕は、サッカーと愛媛に育てられてきた人間です。愛媛に恩返しをしたい、愛媛を良くしたい、幸せな故郷をつくっていきたい、その気持ちはずっと自分の中にあります。 自分の経験や培ってきたものが、ふるさとの愛媛のために役立つものなのかどうか、それが政治家という道であるのかどうか、「愛媛のために、自分に何が出来るだろうか」、と自問自答し考えました。
考える中、頭から離れない小沢代表の言葉がありました。
「友近君、自民党、民主党というレベルの話ではないんだ。この国の将来のために、大切な戦いなんだ」と、その言葉です。
この言葉を聞き、何度も思い出し、僕は体中に電流が走るような衝撃を覚えました。 そして、以前に聞いた坂本龍馬の言葉が思い返されました。 「薩摩じゃ、長州じゃと言うとる場合じゃないんじゃ!この国のために、この日本のために立ち上がらないかんのじゃ!」
たった数人の若者から始まった明治維新。 僕はふるさとの愛媛に、新しい風を起こしたいと思います。 愛媛維新、それが僕の決意です。
僕の夢は、孫の手を引いて、愛媛FCの試合をスタンドに観に行くことです。
「愛媛にJリーグが出来れば、そこがディズニーランドになる」、これは僕の掲げてきたキャッチフレーズです。僕が引退しても、死んでも、ディズニ−ランドは残り、子供たちがそれらを受け継いでいってくれる。脈々と生き続けていくそういう想いが、僕の描く幸せなふるさとの姿であり、愛媛100年構想です。
しかしながら、未来を作るはずの若者が政治に無関心でいる現実を、何より問題だと僕は感じています。 税金が無駄遣いされ、格差は広がっていく。国の抱えた大きな借金は、未来の子供たちに大きな荷物を背負わせることになっています。 子供たちが大きな夢を持って生きていける、その地固めをするために、自分の全てを賭けて、全力を尽くす決意です。
いま政治の道を選ぶにあたり、この愛媛は保守王国とも無風地帯とも呼ばれる地域であり、そこにはとてつもなく大きな壁があります。 けれど、この壁を倒すのは機械でも爆弾でもない、愛媛に住む皆の力だと思うんです。
愛媛の皆さんに、新しい風が必要なのか、新しい風は必要ではないのか、それを問う戦いだと思います。 愛媛から人を育てていきたい、日本のために頑張る人材を育てられる愛媛でありたい、そしてそんな風に愛媛から巣立っていった彼らが、いつか戻ってきたい愛媛でありたい。愛媛の魅力、誇れる愛媛を伝えていきたい。 それが僕の目指す、これからのディズニーランドです。
僕はJリーガーではありましたが、昇格する以前は、企業勤めとの2足の草鞋を履くサラリーマン選手でした。 小遣いはJリーガー当時から500円、今も変わりません。でも、この感性は忘れたくありません。 「サッカーしかしたことのない奴に政治が出来るのか」、そういう指摘もあるだろうと思います。 だから僕は、熱意と志を伝えるために、愛媛に住んでいる皆に会いに行きます。対話をするため、愛媛じゅうを回ります。 大きな壁を倒すために、先頭に立って新しい風を起こします。
愛媛FCで背負ってきた11番という背番号は、僕のプライドが込められた大切な番号です。それは、たくさんのサポーターに支えられた誇りです。
今度は、僕の番です。 僕自身がふるさと愛媛の一番のサポーターとなって、12番の背番号を背負い、ふるさとのため、未来のために、政治という新しいピッチでも、全力プレイで走っていこうと思います。
「勝てっこない」、「変わりっこない」と、そう思っていては何も変わりません。
例えば高校スポーツのひたむきさや一生懸命さに、心を打たれた経験が誰にもあると思います。
『やれば出来るは魔法の合言葉』、変われる、変えられる、変えていく。 友近聡朗は、ふるさと愛媛のために、力の限り走り続けていくことをここに誓います。
【スポーツの風〜豊かさと生きがい、地域の活性化〜】
ここ愛媛で、僕はサッカー教室の開催を続けてきました。そこで子供たちの輝いた目を見ると、それを応援する親御さんのうれしそうな顔を見ると、どんなに疲れていても、嫌なことがあった時も、無性に頑張りたくなるんです。
最初にサッカー教室をやっていた頃、「愛媛FCを知ってる人」と子供たちに聞いたら、恥ずかしそうに、3割くらいの挙手がありました。今も教室の最初には同じように問い掛けをします。聞くのは、「愛媛FCを観たことある人」です。
そのとき、全員の子供がこぞって、競い合うように手を挙げてくれたあの気持ちは、言葉では表現できないほど、生涯忘れないであろう素晴らしいものでした。
愛媛にJリーグが出来た時。
これまで、愛媛であれほどたくさんの人が、理屈を越えて心を1つにし応援したことがあったでしょうか。週末がくればワクワクし、ドキドキし、ボールの転がり方1つに一喜一憂し、時に癒され、時に怒り、時に感動を共有しながら、おらが街のチームは「生活維新」を起こしています。
昇格が難しくなった時には、大きな風が起こりました。
あの瞬間に、愛媛にはたくさんの大きな愛が集まっていました。熱い想い、強い気持ち、その愛が奇跡を起こせたんだと思います。
愛媛で、そして日本の色々な地域で、この相互支援の風土を作ることが僕の最終的な目標でもあります。
生涯スポーツを通じて「豊かな」暮らしや「生きがい」を実現すること。地域に密着したスポーツクラブが人間を育て、こころを育てていくこと。
生活密着型の地域活動は、教育に繋がり共生にも繋がっていくものです。
友近聡朗は、対話のある地域づくり、人づくり、国づくりをしていきたい。誇れる愛媛を残していきたい。
【フェアプレイ〜格差社会と政治の役割〜】
地域格差、世代間格差など、さまざまな格差について、多くの問題点が指摘されています。
格差があることそれ自体は、誤解を畏れずに言えば僕は、それは当たり前だと思ってます。努力が報われる社会であるなら、結果としての格差、勝ち組や負け組が出てくることも、それ自体を否定するものとは思いません。
例えばスポーツで考えてみてください。
能力の高い選手を集める資金などのある有力なシード校もあれば、特待生や推薦制度のない県立高校もある。その全てのチームが1回戦からトーナメント戦を戦い、最後まで勝ち続けるのは、たったの1校です。他のチームは全て、負けた悔しさを味わうのです。
けれど、どんなに強いチームであっても、彼らは特別だからいきなり決勝戦からで良い、などという大会はあり得ません。弱いチームを大会から外したりすることもあり得ないし、それは誰がどう見てもおかしいことです。
勝ち組が勝手にルールを変えたり、既得権益を抱え込むためのズルをしたり、あるいは審判を買収するようなことは、許されることではありません。
癒着や談合を繰り返した結果のような不正な格差が存在することが、問題の根本です。今の政治を変えたいと考える、これが僕なりの表現であり、考えです。
格差が生まれた時、政治が考えるべきは上でではなく下の側です。年金にしても、福祉にしても、雇用にしても教育にしても、セーフティーネットの存在というのは、そのために政治が考えるべきものです。上にいる一部の人を抱え込むように守るやり方では、不正な格差は広がるばかりです。
友近聡朗は、100年先の未来のために、不正な格差を根絶させたい。フェアプレイを貫く価値のある社会を作りたい。
|
|